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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3253号 判決 1989年9月25日

主文

一  被告は原告に対し、金四四万二五六〇円及びうち金三四万八七九〇円に対する昭和六三年三月三〇日から、うち金九万三七七〇円に対するこの判決確定の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分して、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六九万七五八〇円及びうち金三四万八七九〇円に対する昭和六三年三月三〇日から、うち金三四万八七九〇円に対するこの判決確定の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五五年三月、被告に雇用され、被告の特許部電気課に所属し、文書の翻訳、書類の作成等の業務に従事している者である。

2  被告の就業規則(以下「旧就業規則」という。)によると、従業員の休日は、日曜日、出勤を要しない土曜日、国民の祝日に関する法律の定める国民の祝日(以下「祝日」という。)及び年末年始(一二月二九日から一月三日まで、以下同じ。)とされており、右の休日を前提に、全労働日(一年間の総日数から休日を引いた日)の八割以上出勤した従業員に、入社二年目から一二日、以後勤務一年を加える毎に二日を加えた日数(ただし、最高二〇日)の年次有給休暇(以下「年休」という。)を与えるとされていた。

3  原告は、昭和六一年及び昭和六二年に、別紙未払賃金一覧表の年休権行使日欄記載の年月日について年休の時季指定をし、同日勤務しなかったところ、被告は、これを欠勤と扱い、これを理由に別紙未払賃金一覧表の給与からの減額分欄及び賞与から減額分欄に記載の金額を各給与及び賞与から減額し、これを支払わなかった。

4  しかるに、原告が年休の時季指定を行った日は、いずれも旧就業規則によると年休を取得しうる日であるから、右の毎月の給与及び賞与からの控除は無効である。

5  よって、原告は、被告に対し、右未払賃金の合計三四万八七九〇円及びこれと同額の附加金並びに右未払賃金の合計に対する支払期日後の昭和六三年三月三〇日(本件訴状送達の翌日)から、附加金に対するこの判決確定の翌日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  請求原因3は、そのうち昭和六一年夏及び各賞与からの減額が、原告主張の日に勤務しなかったことのみを理由とするものであることを否認し、その余は認める。

3  請求原因4は、争う。

三  抗弁

1(一)  被告は、昭和五九年一月、旧就業規則を変更した(以下、変更後の就業規則を「新就業規則」という。)が、新就業規則によると、日曜日を休日とし、祝日、交替出勤日以外の土曜日、年末年始は、本来労働義務が課されてはいるが、通常は欠勤しても差し支えのない「一般休暇日」として、生理休暇、特別休暇などとともに、年休付与の基準となる全労働日に含ませることとした(すなわち、一年間継続して勤務し、全労働日の八割以上出勤した者が次年度に年休を取得できるとし、この全労働日とは、一年の総日数から休日を引いた日とした。)。

なお、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。また、以下「労基法」という。)は、休日に関しては、いわゆる週休制の原則を使用者に義務付けているにとどまり、祝日、土曜日、年末年始等を休日にするか否か、また、勤務を要しないとするとしても、労働義務のない日とするか単に欠勤しても債務不履行の責を負わせないとするなど、その性質のいかに定めるかも使用者の自由であるから、右一般休暇日を「全労働日」に含ませても、何ら労基法に違反するものではない。

(二)  原告は、昭和六〇年及び昭和六一年には、いずれも新就業規則による全労働日の八割以上出勤しなかったため、昭和六一年及び昭和六二年には年休を取得できなかった。

(三)  しかるに、原告が昭和六一年に及び昭和六二年に年休と称して別紙未払賃金一覧表の年休権行使日欄記載の各日に勤務しなかったので、そのうち昭和六一年二月一二日から同年五月一日までの欠勤を理由に、昭和六一年夏の賞与から七万三七〇〇円を控除し、同年八月一四日から同月二九日までの欠勤を理由に昭和六一年冬の賞与から六万六○○○円を控除し、同年一二月八日以降の欠勤を理由としては別紙未払賃金一覧表の給与からの減額分欄及び賞与からの減額分欄の各欠勤日に対応する欄に記載の金員を控除した。なお、原告は、昭和六一年一月二〇日及び同月三一日に遅刻しており、この遅刻を理由として同年夏の賞与から二〇〇円を控除した。また、原告は、昭和六一年九月九日、同月一六日及び同年一〇月二〇日に遅刻しており、この遅刻を理由として同年冬の賞与から三〇〇円を控除した。

2(一)  原告は、昭和五八年二月に結成された、法律会計特許一般労働組合ゾンデルホフ分会(以下「組合」という。)に結成当初から、昭和六二年末まで所属していた。

(二)  被告は、原告が組合に所属している間に、組合との間で、昭和六一年夏、冬、昭和六二年夏の各一時金の額及び支払いに関する労働協約を締結した。

(三)  被告は、右各労働協約の締結に際し、原告が年休と称して勤務しなかった日については、これを欠勤として処理する旨を組合に通告していたところ、組合は、昭和六一年夏の一時金に関する協約の締結に際しては、右の取扱いに異議を留めたが、昭和六一年冬、昭和六二年夏の一時金に関する協約の締結に際しては、何らの異議を留めなかった。

(四)  したがって、原告の本訴請求中、昭和六一年冬及び昭和六二年夏の各賞与の減額分は、右各労働協約によって解決済みであり、その効力によって、原告はその請求権を有しない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1(一)  抗弁1(一)、(二)は、そのうち一般休暇日が本来労働義務が課されてはいるが、通常は欠勤しても差し支えのない日であることは否認し、(一)の「なお」以下の主張を争い、その余は認める。

新就業規則は、労基法三九条一項に違反し無効である。

すなわち、労基法三九条一項にいう「全労働日」とは、就業規則その他によって、当該労働者が労働義務を負う日をいうところ、被告においては、従前も、新就業規則によっても祝日、年末年始及び出勤を要しない土曜日について労働義務が課されたことはない。したがって、休日、一般休暇日という名称の如何にかかわらず、労働義務の課されていない祝日、年末年始及び出勤を要しない土曜日を全労働日に含めることは、労基法三九条一項に違反する。

それ故、中央労働基準監督署長は、昭和六二年六月一一日付けで、被告に対し、新就業規則が一般休暇日を全労働日に含めるのは労基法三九条に違反するとしてこれを改めるよう是正勧告をし、被告は、昭和六二年七月一〇日、全労働日を当該年度の総日数から休日及び一般休暇日を引いたものというと、就業規則を変更した。

(二)  抗弁1(三)のうち、原告が昭和六一年に及び昭和六二年に別紙記載の各日に勤務しなかったこと、昭和六一年一二月八日以降の欠勤を理由として、別紙の給与からの減額分欄及び賞与からの減額分欄の各欠勤日に対応する欄に記載の金員を控除したこと、原告が昭和六一年一月二〇日及び同月三一日、同年九月九日、同月一六日及び同年一〇月二〇日に遅刻したことは認め、その余は否認する。被告が、昭和六一年二月一二日から五月一日までの欠勤を理由として同年夏の賞与から控除したのは七万三九〇〇円であり、同年八月一四日から八月二九日までの欠勤を理由に同年冬の賞与から控除したのは六万六三〇〇円である。また、被告が組合と合意した賞与支給基準についての覚書によると、支給対象期間中の五回以下及び三時間以内の遅刻及び早退は賞与からの控除の対象としないとされており、被告が主張する二〇〇円及び三〇〇円は遅刻を理由とする控除ではなく、年休により勤務しなかった日を欠勤と扱ったことによる控除である。

2  抗弁2(一)、(二)は認め、同(三)、(四)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1、2並びに同3のうち原告が、昭和六一年及び昭和六二年に、別紙未払賃金一覧表の年休権行使日欄記載の年月日について年休の時季指定をし、同日勤務しなかったところ、被告は、これを欠勤と扱ったこと及び同4のうち原告が年休の時季指定を行った日が、いずれも旧就業規則によると年休を取得しうる日であることは当事者間に争いがない。

二  被告は、新就業規則が昭和五九年一月より実施されており、新就業規則によると、原告は、昭和六〇年及び六一年にいずれも全労働日の八割以上出勤しなかったので、昭和六一年及び昭和六二年に年休を取得できない旨主張し(抗弁1(一)、(二))、これに対し、原告は、新就業規則は労基法三九条一項に違反し無効である旨主張する。

昭和五九年一月から新就業規則が実施されていること、新就業規則によると、日曜日を休日とし、祝日、交替出勤日以外の土曜日、年末年始を「一般休暇日」とし、一般休暇日は、生理休暇、特別休暇などとともに、年休付与の基準となる全労働日に含められていること(全労働日とは、一年の総日数から休日を引いた日とされていること。)は当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によると、新就業規則上、一般休暇日に関しては、労働義務があることを定めた規定はなく、祝日、四週目ごとの交替出勤日以外の土曜日及び年末年始を一般休暇日とする旨の規定(六四条)のほか、「業務その他の都合により従業員の全部又は一部を第五三条の勤務時間外又は第六三条の休日及び第六四条の一般休暇日に勤務させることがある。」(第五六条一項)、「時間外勤務・休日及び一般休暇日に勤務をさせる場合は、所属上長は事前に理由を具して所属長に届け、その承認を受けなければならない。……」(第五六条三項)、「第五六条によって時間外及び休日・一般休暇日に勤務を命ぜられた場合においては、これに従わなければならない。」(五八条)、「災害その他避けることができない事由によって臨時に必要がある場合においては、……休日及び一般休暇日に勤務させることがある。……」(六一条)、「業務上必要があるときは第六三条の休日及び第六四条の一般休暇日を他の日と振替える。」との規定が置かれていること、休日のみに関するものとしては、日曜日を休日とする旨の規定(六三条)のほかは、「満一八歳に満たない者及び女子については休日勤務はさせない。……」という規定(六二条)が存するのみであることが認められる。

労基法三九条一項が、前年一年の全労働日の八割以上出勤を、年休付与の要件としているのは、労働者の勤怠の状況を勘案し、特に出勤率の悪い、勤務成績不良者を除外する趣旨であると解されるから、右一般休暇日を労働義務はあるが、勤務しなくても債務不履行の責を問われない日と解すると、勤務成績の不良と評価しえない右の一般休暇日における不就業を、右出勤率算定にあたり欠勤と同様に評価する結果となり、相当ではないから、就業規則等の明示の根拠なしに右一般休暇日について右のように解することはできない。しかるところ、新就業規則には、以上のとおり、一般休暇日に労働義務がある旨を定めた規定はなく、かえって、女子の休日労働を禁止していた昭和六〇年法律第四五号による改正前の労基法六一条などを踏まえたと思われる、新就業規則六二条以外には、一般休暇日は休日と同様のものとして取り扱われているということができるから、一般休暇日は労働義務のない日と解すべきである。

ところで、労基法三九条一項にいう「全労働日」とは、一年の総日数から就業規則その他によって出勤義務が課せられていない日を除いた日を意味すると解されるから、新就業規則の労働義務のない一般休暇日を全労働日に含める部分は、労基法三九条一項に違反して無効であり、当該部分については旧就業規則によるべきである。

そして、原告が、旧就業規則によれば別紙未払賃金一覧表の年休権行使日欄記載の各日について年休を取得しえ、右各日について年休の時季指定を行ったことは、当事者間に争いがない。

これによると、原告が、別紙未払賃金一覧表の年休権行使日欄記載の各日に勤務しなかったのは、年休を取得したためであるから、右各日の給与を支払わなかったり、賞与の支給の勤怠考課に当たり欠勤として扱うことはできないことになる。しかるに、被告が右各日を欠勤として扱ったこと、被告は、別紙未払賃金一覧表記載の給与からの減額分欄及び賞与から減額分欄に記載の各金員を原告の給料及び賞与から控除したこと、右金員のうち、給与から控除した金員、昭和六二年夏及び同年冬の賞与から控除した金員、昭和六一年夏の賞与から控除した金員のうちの七万三七〇〇円及び同年冬の賞与から控除した金員のうち六万六〇〇〇円は別紙記載の各日に勤務しなかったことを理由とするものであることは、当事者に争いがない。

なお、被告は、昭和六一年夏の賞与から控除した七万三九〇〇円中の二〇〇円及び同年冬の賞与から控除した六万六三〇〇円中の三〇〇円は、いずれも原告が所定期間中に、二回及び三回の遅刻をしたことを理由にするものである旨主張し、原告が、各所定期間中にそれぞれ二回及び三回の遅刻をしたことは当事者間に争いがない。しかし、<証拠>によると、被告においては、賞与の支給対象期間中の五回以下及び三時間以内の遅刻及び早退は賞与からの控除の対象としない取扱いがされていたことが認められるから、結局、昭和六一年夏の賞与から二〇〇円及び同年冬の賞与から三〇〇円を右遅刻を理由として控除しえたとは認められない。

三  次に、抗弁2について検討する。

抗弁2(二)の事実は、当事者に争いがない。

しかし、<証拠>によると、被告と組合の間の昭和六一年冬、昭和六二年夏及び冬の賞与に関する各労働協約は、いずれも、支給率、支給対象者、支給日のほか勤怠考課及び実績考課を行い、勤怠考課の基準を従来どおりとする旨を定めたものであって、右勤怠考課に当たり、いかなる日を勤務日として取り扱うか等については何ら定めていないことが認められる。そうすると、右各労働協約における勤怠考課は、労基法、就業規則等によって客観的に定まる勤務日、勤務時間を前提とするものと解され、被告が、右各労働協約の締結に際し、原告が勤務しなかった別紙未払賃金一覧表の年休権行使日欄記載の各日を欠勤として扱う旨組合に通告し、組合がこれに異議を述べなかったとしても、それが右各労働協約の内容になっているとは認められない。したがって、抗弁2は、その余について判断するまでもなく失当である。

四  以上によると、原告の給与及び賞与から別紙未払賃金一覧表記載の金員を控除したことは、いずれも根拠のあることとは認められず、被告は、右各金員の支払義務があるというべきである。

五  また、原告は、別紙未払賃金一覧表記載の金員と同額の附加金の支払いを求めている。

労基法一一四条の附加金は、労基法三九条一項又は二項の規定による年休の期間に対し賃金を支払わなかった場合に支払いを命じうるものであって、労働者が労働契約その他によって労基法三九条一、二項に規定する期間(以下「法定期間」という。)を超える期間の年休を取得しうる場合に、使用者が法定期間を超える分について賃金を支払わなかったときや、使用者が年休を勤怠考課の対象としたことによって賞与を減額した場合などには、附加金の支払いを命ずることができないと解される。

ところで、<証拠>によると、被告が、原告の昭和六一年及び昭和六二年の各夏及び冬の賞与から前述のような控除を行ったのは、年休を欠勤として扱い、これを一要素として勤怠考課を行った結果による賞与の減額であると認められ、年休を取得した日の賃金を支払わなかったものとは解せないから、別紙未払賃金一覧表の賞与からの減額分欄記載の金額については附加金の支払いを命ずることはできない。

また、原告が昭和五五年三月以来被告会社で勤務していることは、当事者に争いがないから、原告が、昭和六二年三月(その、昭和五五年に原告が被告会社において勤務を始めた日に対応する日)において労基法三九条一、二項によっては一一日の年休を取得しえたことになる。そうすると、原告が、昭和六二年に時季指定を行った年休のうち、昭和六二年四月二〇日から同年一〇月七日までの一一日が法定期間の分であるから、同年一〇月一九日以降の年休を理由として支払われなかった賃金分については、附加金の支払いを命ずることができない。

そこで、被告に対し、昭和六二年四月二〇日から同年一〇月七日までの原告が年休を取得した一一日分の未払給与の合計九万三七七〇円と同額の附加金の支払いを命ずることとする。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、未払いの賃金及び賞与並びに前述の限度の附加金の合計四四万二五六〇円とそのうち未払いの賃金及び賞与の合計である三四万八七九〇円に対する各支払期日の後である昭和六三年三月三〇日から、附加金の九万三七七〇円に対するこの判決確定の日の翌日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条に、仮執行宣言について同法一九六条に、それぞれ従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 水上 敏)

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